台風シーズン
私は郷里で3回の台風災害を経験した。
理科年表でその時期と被害を確認する。
1953.9.25 台風13号
9歳のときらしい。このときは暴風と暴風の間に静けさがあったので、台風の眼が通ったらしい。このときは高潮被害が大きかった。床上1mの塩水による浸水。浸水家屋50万戸。夜間である。非常に早い潮位上昇だったので、家財の移動が間に合わなかった。事後は水洗浄、消毒、乾燥、漂着物の処理など親が大変な思いをした記憶が残っている。
1959.9.25 伊勢湾台風
死者行方不明合わせて約5000名、この台風も夜間であった。13号に懲りて家財は2階に上げた。強風のため瓦が飛ばされて2階が雨漏り。床下浸水となったが恐ろしい高潮とはならなかった。名古屋の少し南での人的被害が大きかった。
そのとき、近畿日本鉄道は、名古屋線を改良復旧したと記憶している。近畿日本鉄道は現在、広軌の線路となっている。名古屋線の狭軌区間を広軌に同時に変えたのだ。
この台風で、伊勢神宮(内宮)の森は非常に明るくなってしまった。巨木、数100年の歴史に耐えた木が多数倒れたのだ。
1961.9.16 第2室戸台風 15歳のときである。昼間。
風が強かった。何か物があたると、それをきっかけに瓦が一列に並んでぱらぱらと飛んでいく。ときおり、風に飛ばされた物体がビニール波板を突き破る。瞬間最大風速は70m前後と記憶している。台風が郷里の西側を通過したので厳しかったのだ。
学生時代、東京で暴風雨の中でいつもの食堂に行く途中、トタン塀のの一部が飛来、怪我はなかったが眼鏡は破損。台風慣れしていない地方の甘さである。なんとなく、最近の台風の進路は過去とは違うような気がする。地球規模の気象変動でなければよいが・・・。
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コメント
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5513様、あの・・・
このエントリー、ランキングリンクが外れております汗
投稿: sachi | 2006年9月16日 (土) 19時41分
sachi様 多謝。この2-3日余裕が無かった。冷や汗・・・
投稿: 5513 | 2006年9月16日 (土) 20時05分