回路屋の育ち方9
←庭に咲いた雌しべの長い花。密集した花が咲く。様々な品種の物を植えたが、数年たつとその植物に適した環境のところに植えた植物だけが生き延びて、残りは自然に消えていく。
アナログエンジニアが最初に取得した大きな資格は「技術士」。当時は科学技術庁所管。あまり知名度はないが、エンジニアとしてのトップの資格である。
元上司の勧めで、準備に入ったのは申込3週間前。申込書が届いたのは、2週間前。過去の技術経歴を記載する欄がある。手元に残っていたメモや永久貸与の報告書類から、苦労して過去の履歴を復元した。H2年3月末のことである。
当時の試験方法は、1日で約13000字を手書きする字数制限付き論述問題群である。試しに過去問をいくつかやってみると、5分で問題に対応する文の起承転結を考え、20分、アウトラインイメージに沿ってひたすら書き、5分で「てにをは」や「接続詞」の修正をスr時間しかない。書き直しの時間はない。これが一日続く。
4月から準備に入った。会社での生活をまず変えた。出張報告や、技術報告などは、下書きなし、書きなおしなしでA4 1ページか2ページに起承転結を付けて1発で書く。誤字脱字の修正以外はやらない。高速手書きの練習である。このスピードで文章を作成すると自分の思考過程、論理能力、技術力などそのまま出る。
次に行ったのは、過去問の傾向調査。約2/3が過去3年間の類似問題であった。たぶん出題委員が3年任期で、毎年入れ替わっているからであろう。
いちばん困った問題は、自分の専門とする事項以外の関連分野について○○字以内でXXについて記載せよ、の問題である。技術分野レパートリが足らない。
日立評論や横河技評、東芝XXなど、アクセスできる企業の技術報告冊子をこれも過去3年分をメモを取りながら読んだ。
ごく最近の技術テーマに関する出題もある。工業新聞や経済紙を8月の筆記試験まで購読、気になる新技術について、そして、当時の最近の話題を手書きメモにまとめる自己訓練をした。
技術士なので、技術の光と影を把握するように心がけた。筆記試験を合格、12月の口頭試験は、筆記試験の自分の記述内容の概要をもとに描き切れていない部分の再調査程度しかできない。翌H3年、合格通知、即技術士登録。当時の科学技術庁長官は山東明子氏。
アナログエンジニアの人生の転機となった試験である。実に公平な試験である。字数を定めて長時間の記述、論述を行うことは、技術者としての能力がそのままでる。口述試験はコンサルティングの一場面に重なっている。
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